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前途多難な出世街道!?「小肌」

2017/5/26

ブログ

こんにちは、「まぐろ」に引き続き江戸前寿司特集第二弾、本日は「小肌」を紹介していきます。
出世魚としても知られる「小肌」その出世街道は決して楽なものではありませんでした。

 


 


1、人気全盛期時代「新子」
2、お寿司屋さんの顔時代「小肌」
3、忌物時代?縁起物時代?「コノシロ」

 
1、人気全盛期時代「新子」

 
江戸っ子の気質を表す「女房を質に入れても初鰹を食べる」という意地と誇りと見栄の世界が、東京のすし屋の「新子」に対する世界ではいまだに生き残っているようです。

「小肌」は小さいものから順に「新子」「小肌」「コノシロ」と名前が変わる出世魚です。
「シンコ」は4〜5cmまでの稚魚のことを言います。
珍しいことに、その中でも最も高値で取引されるのも「シンコ」で、意外なことに、「小肌」は小さければ小さいほど価値が高くなる魚なんです。
最近では、築地市場で1キロ8万円ほどの値段をつけたそうです。
一般的にまぐろ1キロの取引額が1万5千円から2万円ほどですから、それのおよそ4倍以上の値がついています。

「女房を質に入れても初鰹を食べる」という言葉が存在します。
これは、江戸っ子が初物に特にこだわりと意地を持っていたことを言い表す言葉の一つです。「シンコ」に対する世界では未だにそうした言葉の理念がまだ生き残っているようです。

「小肌」にとって「新子」時代はまさしく全盛期、生まれながらの人気者なんですね。

 
2、お寿司屋さんの顔時代「小肌」

 
7〜0cmほどまで成長すると今度は名前が「小肌」に変わります。

江戸前寿司の人気メニューといえばこの「小肌」が間違いなく候補に上がるでしょう。江戸前寿司で扱われる小肌は、酢と塩で仕事を施したもので、特に仕事の加減により味が左右される非常に仕事が難しい魚でもあります。

その絶妙な味加減は「小肌の塩振りかけ中は寿司職人に話かけるな」という言葉が存在するほどで、また小肌の味により寿司職人の腕を図ることができるほどと言われています。
まさしく「小肌」は寿司屋の顔、江戸前寿司の代表格に恥じない存在感を持っているのです。

 
3、忌物時代?縁起物時代?「コノシロ」

 
さらに成長し、体長が15cm以上になると名前が「コノシロ」と変わります。ここまで順風満帆だった「小肌」の人生(魚生)は一転、忌物と縁起物の間を彷徨うことになります。

そもそも「コノシロ」という名前の由来は、諸説ありますが、有力なのは飯の代わりになるほど大量に獲れたことから「飯の代」となったという説です。
しかしこの命名がよくありませんでした。
というのも、後に「コノシロを食う」を「この城を食う」というような難癖をつけられ、武士たちから嫌われてしまいます。
まして「コノシロを焼く」なんて言えばもう相当な忌物。挙句の果てには腹わたが柔らかく、すぐに切り開けることができることから武士が切腹する前に最後に食べさせられる魚「切腹魚」なんていう不名誉な称号を与えられてしまいます。

しかし「コノシロ」は「子の代」または「娘の代」と読むこともできます。
このことから、「コノシロ」を地中に埋めて出産児の健康を祈ったり、当時の元服、今で言う所の入学などの際の健康祈願、またはお正月には祝膳として出されたりと、縁起物としての姿も持ち合わせています。

コノシロは結局縁起物だったのか?忌物だったのか?真相は是非みなさん自身でお確かめください。

つきぢ神楽寿司では、伝統の江戸前寿司の仕事を守り、築地で仕入れた新鮮な「小肌」を通常数時間で締めるところを、1週間もの時間をかけて築地で締め、提供しています。
また、締めに使用している酢はつきぢ神楽寿司のシンボル赤しゃりでもおなじみの赤酢です。
赤酢で締めた小肌は、味がまろやかになる上、しゃりにも赤酢が使われているため、一緒に食べた時の相性も抜群です。

先ほども説明した通り、小肌の仕事はまさしく寿司屋の象徴的仕事、つきぢ神楽寿司でも一切の妥協はなく、職人たちのこだわりを込めて一貫一貫丁寧に作っています。

是非、つきぢ神楽寿司の小肌をご賞味ください!

次のネタは「車えび」を紹介いたします。